スポーツ

佐々木 吉蔵:ささき きちぞう (1912~1983)

佐々木 吉蔵:ささき きちぞう (1912~1983)

 小坂町に生まれ、大館中学(現在の大館鳳鳴高校)に進学して陸上競技部に入りました。
 1929年に大館中学を卒業、小坂鉱山花岡支社に入社し、明治神宮大会では100m で優勝しました。翌年、東京高等師範学校(現在の筑波大学)に進学し、日本選手権200m で優勝しました。1931年には一般対抗学生選手権の4× 100m リレーの学生チームの第2走者として、41 秒6の日本記録を樹立しました。
 ロサンゼルスオリンピックでは代表に選ばれましたが、けがのために出場できませんでした。続くベルリンオリンピックでは100m に出場し、2次予選で10 秒8の記録で予選落ちとなりました。
 引退後は文部省に入り、スポーツの振興に尽くしました。東京オリンピックでは、男子100m 決勝のスターターを務めました。

1912年(明治45) 小坂町に生まれる。
1929年(昭和 4) 大館中学(現在の大館鳳鳴高校)を卒業、小坂鉱山花岡支社に入社。明治神宮大会男子100m で優勝。
1930年(昭和 5) 東京高等師範学校(現在の筑波大学)に入学。日本選手権男子200m で優勝。
1931年(昭和 6) 一般対抗学生選手権の4× 100m リレーで日本記録樹立。
1932年(昭和 7) ロサンゼルスオリンピック陸上男子100m 1次予選欠場。
1936年(昭和11) ベルリンオリンピック陸上男子100m 2次予選落ち。
1943年(昭和18) 文部省に入る。
1964年(昭和39) 東京オリンピック陸上男子100m 決勝でスターターを務める。
1983年(昭和58) 死去。

石戸 四六:いしと しろく (1941~1980)

石戸 四六:いしと しろく (1941~1980)

 大館一中のエースとして、全県少年野球大会で準優勝するなど活躍し、秋田商業高校に進学しました。秋田商業では甲子園に出場し、初戦で板東英二を擁する徳島商業と対戦して0- 3で敗れました。卒業後、日立製作所を経て国鉄スワローズ(現在のヤクルトスワローズ)に入団しました。
 1965年に大洋戦でプロ初勝利、年間8勝を挙げ、1968年にはV 9時代の巨人を相手に3連勝するなど、年間20勝を挙げる大活躍でした。お酒が好きだったことから、当時のスポーツ新聞には《酒仙投手から主戦投手》という見出しがおどりました。プロ野球9年間の通算成績は70勝90敗で、オールスターにも2度出場しました。

1941年(昭和16) 大館市幸町に生まれる。
1956年(昭和31) 大館一中のエースとして、全県少年野球大会で準優勝。
1958年(昭和33) 秋田商業高校のエースとして、夏の甲子園に出場。
1962年(昭和37) 国鉄スワローズ(現在のヤクルトスワローズ)に入団。
1965年(昭和40) 大洋戦でプロ初勝利を挙げる。
1966年(昭和41) 巨人戦での完封勝利など、初の2ケタ勝利(11勝)を挙げる。
1968年(昭和43) 年間20勝を挙げる。オールスターに初出場。
1971年(昭和46) 引退。大館に帰郷し、スナック「神宮」を経営。
1980年(昭和55) 死去。
 

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